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代 表 者
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堀 政美 |
設立年月日
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昭和25年1月26日 |
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住 所
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茨城県桜川市友部1637 | ||
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T E L
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0296-75-5458 |
F A X
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0296-75-5313 |
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E-mail
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haguro@ibarakiken.or.jp | ||
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事務局長
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浅野 信子 |
組合員数
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42名 |
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地 区
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桜川市岩瀬地区、石岡市八郷地区 | ||
岩瀬地区は栃木、茨城両県境を南下する阿武隈山脈の中間にあります。採掘される花崗岩(青糠目石、稲田みかげ石、坂戸石)
岩瀬地区は大貫亀吉、瀬尾藤吾、飯島善松真家明により明治35年頃本格的に花崗岩採掘が開始された。明治37年4月に花崗岩の輸送のため貨物取扱駅として羽黒駅が誕生したことにより盛期を向かえた。また、花崗岩の最高級品と称される青糠目石もこのころより採掘される。明治44年羽黒石材同業組合設立。戦前までの水戸線羽黒駅周辺は「ノミ」の音に明け、「ノミ」の音で日が暮れると称されるほど活気あふれるものであったといわれている。
昭和15年羽黒花崗石材工業組合設立したが大東亜戦争の激烈により昭和19年解散し採掘業者県石材採掘統制組合に加入した。昭和22年2月、羽黒石材商工業協同組合を設立し法人として誕生したが、昭和24年の中小企業協同組合法の制定にともない、新たに事業協同組合として昭和25年現組合が設立された。
「羽黒は石を打つノミの音で夜が明ける」 岩瀬町の石の歴史は江戸時代からあるが、全国屈指の採石場を誇る西茨城郡稲田地区がこの県の先駆者鍋島彦七郎氏により組織的に開発されたのは明治30年と 称されている。わが岩瀬地区(旧北那珂地区)はその数年後、即ち明治35年本格的に企業化されたのである。稲田石では、昭和の初め頃羽黒駅から(地名で)稲・池亀迄レールがひかれ、山で採掘された石を羽黒駅まで無蓋車であるトロッコで運ばれた。その当時トロッコは最も進んだ輸送手段であった。 駅からは馬そりで各作業場に運ばるが搬送中に橋の一部がその重さに耐えきれず破損し一時通行止めになった一波乱もあったそうである。



電車でお越しの場合JR東北本線で小山駅で乗換、JR水戸線で羽黒駅下車、上野から約2時間40分。